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「小説家になろう」で話題の「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」を読んでみた…


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目次(文字数:5600字前後)

 

「なろう」に突如現われた!あの事件の真犯人!?

こんばんは!まるく堂です!

 

↓最近、コチラの記事が話題ですね!!

news.livedoor.com

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小説投稿サイト「小説家になろう」にて、

1968年に起きた「三億円事件」の犯人らしき人物が、

犯行に至るまでの真相を詳細に書いた「告白文」を投稿したとして、

大きな話題を集めています。

 

白バイ警官を装った犯人によって3億円の入った現金輸送車ごと奪われてしまったと言う前代未聞の大事件、通称「三億円事件」は犯人がとうとう見つからず時効となってしまい、

迷宮入りしてしまった「未解決事件」として有名ですよね。

あれからちょうど50年の月日が経とうとしています。

 

外されたピースの穴埋めをするかの様に、突如現われた犯人らしき人物からの告白…

それが、作者「白田」さんによる、

「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」です。 

 

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(↑ご覧になりたい方は、画像をクリックするとサイトにジャンプします。)

 

私自身、「三億円事件」当時は生まれてませんでしたし、それほど詳しいワケでもないのですが、

その「告白文」が果たして本物なのかニセ物なのか、

自分で確かめてみたいと思い、読了させていただきました。

 

あくまで個人的な見解ですが、疑問に思う点や

気になった部分を紹介し、真贋を判断していきたいと思います。

 

「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」の気になる点

 

70代の方が書いたにしては文章自体に若さを感じる…

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「三億円事件」は1968年、ちょうど50年前に起きた出来事ですから、

当時、犯行に及んだ年齢が20代~30代だったとしても、

現在では最低でも70歳~80歳前後であると思われます。

 

あくまでも個人的な経験からですが、

同じ日本語でも、10代の若者とご年輩の方々で会話表現に差があるように、

文章においても、その世代世代において「クセ」的なモノが割とあるんですよね。

 

それは、それぞれの年代で習った教育の違いというのもあるのでしょうし、

単純に知識の差というのもあると思いますが、

日本語自体も変化していない様でいて、常に変化し続けているんですよね。

「流行語」や「ら抜き言葉」なんかが良い例です。

なので、ある程度まとまった文章を読むと、書いた人の大体の年代が推測できる場合があるんです。

 

例えばなんですけど…

ご年輩の方々の文章には「~してくださった」とか「御免なさい」と言った

少し固い文章と言うか「独特の厳格さ」がある表現が含まれる場合が多いです。

また、その方の知識量にもよると思いますが、今の若い人達だと聞き慣れない単語がいくつか使われる事もあります。

 

あくまでも可能性の話であり、文章が満ちあふれている今のネット時代の世の中では

必ずしも当てはまる事ではないかも知れませんが。

これほどの長文だと、そういうのが一つや二つあっても不思議ではないし、

ごまかしきれるモノでもないと思うんですよね。

 

しかし文章全体を通して、そんな「独特な表現」は全くと言って良いほど見つかりませんし、

違和感なく自然にすらすら読めてしまう、それ自体が非常に「不自然」に思えて来るんです。

 

もしも仮に、この文章を書いてる方を「本物の犯人」だと仮定したら、

よほど文章を書くことに精通していると思いますし、

自分の世代の「表現のクセ」を隠して、客観的に、若い世代の方々でも違和感なく読める文章を執筆できると言う、世代を超越した非常に「立体的」な文才がある方なのだと思います。

 

個人的には70代の方が書いた文章には思えないなあ…

という感想を持ちました。

 

会話表現の小説感

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「府中三億円事件を計画・実行したのは私です。」は、

実行犯からの告白文ではあるのですが、

私自身は告白文と言うよりは、演劇とか小説を読んでるかの様な感覚に陥りました。

まあ、実際に小説ではあるんでしょうけど…

 

理由の一つに「会話表現」が挙げられるかな?と思います。

↓例えば、下記の文は作中から引用したセリフですが…

「小さい頃さ……。自分はこの人生と言う壮大な物語の主人公だと思ってたんだ。
悪の組織に狙われるのは僕で、城を抜け出した王女を介抱するのは僕で、結局最後に成功するのは僕なんだって。
だけど、そんな勘違いはすぐに打ち砕かれた。
自分は主人公でもなんでもないし、そもそも人生は壮大な物語でもない。
至って普通の、村人Aさ。
……いや、今はその村人Aでもないわけか」

作者の方は、当時の状況を思い出しながら書いているそうなので、

一字一句そのままでは無いにしても、この会話も当時話した事になります。

 

でも…

このセリフを実際に口に出して現実に話してたとしたら

会話としてちょっと気持ち悪くね?

って思ったんです。

みなさんもこのセリフを声に出して言ってみて下さい。

途中で言うのが恥ずかしくなりませんか?

 

小説には小説内だからこそ許されるセリフというのがございます。

例えば「だ…大介」みたいな友人を呼ぶ言葉も、小説やマンガだからこその表現で、

実際に、現実に言葉を詰まらせて下の名前を呼ぶなんて、まずありませんよね。

 

上記のセリフも小説だから成り立つモノであり、

現実の会話だとしたら内容としても、正直ドン引きです…

それとも1960年代の方々は、本気でこんな感じの内容を会話で話していたのでしょうか?

 

また、個人的に気になったのが「村人A」と言う概念です。

演劇をされる方ならば、台本なんかで「村人A」とか書いてそうですけど、

1960年代当時の安保闘争真っ只中の方が、使うセリフとしてアリなのだろうか?

と、ふと思いました。

 

事件の規模に対しての作者さんの言葉の軽さ…

上記の事は、

「お前の偏見だよ!」と言われればそれまでの話ですし、

もしかしたら、作者の方も話を面白くするために多少の脚色をしている可能性だって充分にあります。

ただ…

事件の真相を告白するって言ってるのに脚色する?

と言う疑問も少なからずあります…

 

大事件の告白ですよ!

例え、若気の至りで犯してしまった犯行でも50年も経てば

日に日に自分のしでかしてしまった事の大きさがわかってくるハズです。

家族を持ったならば、なおさらそうした罪の意識は働きますよ。普通なら…

 

この事件の関係者の中には、ずっと犯人である事を疑われ、ついには自殺してしまった方もいらっしゃいます。

実行犯ならば、そうしたニュースを知らない、と言う事はないでしょう。

 

それなのに作者さんご本人は、あの事件を「罪の意識」よりも「私の青春」だったとして、

まるで英雄譚みたいな感じで語ってるんですよ…

頭おかしくないですか?

(↑失言…)

 

でも、そんな自己中で自己愛的な性格でもなければ、こんな犯行なんてしないよなあ…

と、納得できると言えばできるのですが、やはり腑に落ちません。

 

むしろ作者さんが当事者でない(つまりニセ者)だからこそ、この事件を英雄譚として語れたのではないか?

そんな疑念すら生まれてきます。

 

登場人物達の両親等の事にはあまり触れられていない…

この作品では主に、犯行に関しての動機を中心に語られてはいるのですが、

途中、「白田」という主人公が大学を辞めるシーンがあります。

「大学を中退する」と言うのは人によっては、

かなり大きな人生の選択であると言えます。

 

大学だってタダではありませんし、かといって「白田」が学費を稼ぐために働いてる様子もありません。

そうなると、必然的に彼のご両親が払っている事が予想されます。

 

が!作中では彼は驚くほど簡単に大学を辞めています。

架空の小説ならばこのアッサリ感もOKですが、

将来のために通わせている大学を特に何の理由も無く辞められては、

現実ならば彼のご両親が黙っちゃいませんよね?

 

この作品には主な登場人物が4人いるのですが、

現実だとそれは難しいだろ…とも思えるそれぞれの行動が、

非常に簡単に完結している場合が多いんです。

そこに「役割を与えられて、それをこなしているだけ」の小説感があるんですよ。

 

作者さんが意図的にそうした親類等の「横の繋がり」を隠しているのかも知れませんが…

普通、そこは少しでもトラブルがあるよね?と思えるシーンも多々あり、

私自身がこの作品に対して「創作」への疑いを強める結果となっています。

 

登場する女子が、なんか…ラノベっぽい…

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この作品には、女性が二人出てきます。

一人は主人公「白田」が思いを寄せる「京子」、

もう一人は「三神」という保守派グループのリーダーです。

 

「三神」の方は保守派グループをまとめるリーダーと言う事もあり、

グループ内ではかなり厳しいお方として表現されていますが、

やがて主人公「白田」に恋心を抱き、付き合うことになります。

その後はもう普通の女の子!!

キビしさのカケラも何にもなくなります…

 

「恋をして女性は変わる…」なんてよく聞きますが…

変わりすぎだろ!ツンデレか!

って思うくらい主人公にキュンキュンしてます…

 

そしてもう一人の女性「京子」。

彼女は主人公「白田」が密かに想いを寄せる人物です。

白田の紹介により親友「省吾」と付き合う様になるのですが、

実は彼女も白田が好きだったんです!!

 

白田はやがてこの三角関係に陥っていくのですが…

どんなラノベだよ!!!

 

読者の質問に対する回答への違和感

作者の「白田」さんが「小説家になろう」にて投稿している最中、

やはり疑いを持つ読者さんも少なからずいた様です。

それを払拭する狙いがあったのか、作者さんはいくつかの質問に回答をされています。

 

↓その一つがコチラです。

Q.天然という言葉が出てきますが、当時からそのような言葉が存在したのでしょうか。

 

A.ありません。

  本当なら違う言い回しでしたが、私の判断で変更してあります。

  理由は「プライバシーの尊重」です。

 

  事実通りの言葉ですと訛りがあるので、個人を特定される危険性があります。

  私自身は一向に構いませんが、それ以外の方へは配慮させてください。

 

  また、これ以外にも細かい部分に多少の言い回しの変更はあります。

  ですがそれは事実を捻じ曲げるつもりではなく、あくまでもプライバシーへの配慮です。

  内容には変わりありませんので、ご了承ください。

「天然」と言う言葉が「天然ボケ」の様な意味で使われるようになったのは、

萩本欽一さんがジミー大西さんを差して呼んだのが始まりだと言われているそうです。

天然ボケ - Wikipedia

 

そう考えると、50年前に起きたこの事件では「天然」を「天然ボケ」の意味で使う事はどこか不自然にも思えてきます。

作者の白田さんは、あえて「天然」という言葉を使った背景には「プライバシーの尊重」を理由に挙げています。

本来の言葉を使うと訛りがあり、「天然」という言葉に置き換えたのだそうです。

 

「天然ボケ」と同じ意味の訛りで、それを言うとプライバシーに関わってしまう言葉ってどんなモノなのでしょうか?

私には、作者さんが読者に自分のミスを鋭く指摘され、苦し紛れに取り繕っている様にも見えます。

そもそも事件は東京で起きてるワケですし、よほど田舎の出身でない限り、

そんなに訛りって無いと思うんですけどね…

 

自己陶酔感がなんか腹立つ…

あ、これは正直、この作品を読んだ私の感想です…

特に腹が立ったのがこの文章ですね…

 読者の皆さん。

 どうか覚えていてください。

 

 たとえどんなに近しい相手でも、次の瞬間には赤の他人のように——何光年も先の星にいるように感じてしまうことがあるのです。

 

小説としてはこんな言い回しも全然気になりませんが、

犯行の告白文としてなら、個人的にはめっちゃ腹が立つ言葉です。

「どうか覚えていてください。」なんてどの口が言えるのでしょうか?

アンタの盗んだ三億円のために人生終わった人が何十人、何百人いると思ってんの?

と、そっちを覚えてなさいよ!と言いたいですね。

「盗っ人猛々しい」とはまさにこの事ではないでしょうか?

 

まとめ:なんでこんな紛らわしい作品書いたの?と作者に小一時間問い詰めたい…

 

以上のことを踏まえて…

私の個人的な判断としては、

「これは三億円事件をベースに描かれたフィクションである!!」

という結論に至りました…

やはり文章全体に罪を犯した者の苦悩感が感じられませんし、

作品の端々に垣間見える「創作感」をどうしても感じちゃいます。

 

それに盗んだお金だって、番号が控えられてるハズなので

そんな簡単には使えなかったと思います。

さらには事件から二、三回ほど紙幣のデザインも変わってますし…

大量の紙幣を交換する際にも絶対に怪しまれますし…

決して「お金持ちになりました!チャンチャン!」で終わる話ではないんですよね。

 

と、このブログ記事を書いてる間にこんなニュースが…

tocana.jp

この記事によりますと…

元公安警察の肩書を持つジャーナリスト、北芝健さんにインタビューを行なった様ですが、

そこで彼は、今回投稿されたこの作品を「ニセ物だ」と一刀両断にしたと言う事です。

 

元公安警察という肩書きを持つこちらの人の方も、かなりクセのあるジャーナリストの様ですが、「どっちが信頼できる?」と聞かれれば、

北芝さんの方が、よほど信頼できそうです…

わざわざ検証するまでもなかったかな?

 

ただ、小説として考えてみれば事件の事を非常によく調べてますし、

そこに恋愛要素を取り入れてくるあたりは、なかなか面白かったです。

 

もし、この作品を読まれた方で

「お前は間違ってる!!この作品は正真正銘、本物の事件の告白なんだあああ!!」

という熱い気持ちをお持ちの方がいらっしゃいましたら、

ぜひぜひ、その理由をコメント蘭からでも書いて頂ければと思います!!

 

以上です…

20世紀最大の謎 三億円事件 (別冊宝島 1574 ノンフィクション)

20世紀最大の謎 三億円事件 (別冊宝島 1574 ノンフィクション)